「匠パール」への思い

匠パール 真珠への思い

世界に誇る「メイド・イン・ジャパン」の宝石

真珠は、お祝いの席やお子様の晴れ舞台、悲しみの席…など様々なシーンでお使い頂ける、日本人に最も身近なジュエリーとして愛されています。
1893年(明治26)に、御木本 幸吉がアコヤ真珠の養殖を世界で初めて成功させて、以来、美しい日本の真珠は世界に誇れるものとなりました。
真珠の製品化のプロセスには専門技術を要するため、小売店が、生産者から直接真珠を買うという前例がありませんでした。

例えばヤマトヤ… 南洋真珠は、輸入業者さんからの仕入れ。あこや真珠については、セリに参加している卸会社から仕入れをしていました。 産地で行われるセリ(入札会)に参加する権利がなかったからです。

ジュエリー業界では(全国チェーンの小売店などは別として)
「地方のいち小売店が輸入業者から直接材料を買って、自社で加工して製品化する」ということはあまり一般的ではありません

製品は… 地方問屋さんからの仕入商品や、催事業者さんが、全国を回って展示会やイベントを店頭で行います。その企画ごとに、持ち込まれる商品等が多いです。

仕入れた製品を、販売しているだけではないんです

ヤマトヤは自社オリジナル製品を数多く提供しています。

ダイヤや真珠などの宝石素材を輸入業者から仕入れ、
リング枠やペンダント枠、チェーンなどをジュエリー工場から仕入れ、
て作っています。

なぜ、手間をかけて、自社オリジナルを作るのか?

理由は… お客さまに、リーズナブルに価値の高いものを提供できるからです。
ジュエリーって、どうしても高いイメージがありますよね。このように、
問屋や催事業者が入らないことで、仕入をぐっと下げることが可能です。

さらに、展示会などのイベントを自社企画しています。
自分たちで作った製品だから、自信を持ってお勧めできます。

私のことを少しお話させて頂きますね

私アオシマは、
ヤマトヤでジュエリーの仕事を始めて、ちょうど10年になります。
この仕事に就いたきっかけとしては、やはり父がジュエリー・時計を取り扱っている「ヤマトヤ」をやっていた、ということが大きいのですが、
家業を手伝うにあたって、
「言われたから入社した」と言うスタンスではなく、
やるからにはしっかりやりたい!」という思いがありました。
ジュエリーが大好きだったかというと、正直そうでもないのですが、小さいころから1階が店舗、2階が自宅という環境で育ち、目にふれていましたので、昔から馴染みはありました。
学生時代は、ずっとレストランで接客のアルバイトをしていて、接客も好きだったので、前向きな思いで始めました。

なんといっても… ジュエリーって、
贈り物や記念の品など、幸せな場面で登場することが多いもの。
そういう、笑顔のある場面に、携われる仕事として魅力を感じました。

「匠パール」の父、桑山さん

入札会で、最高値入札価格を得たこともある、まさに「匠」の技術を持つ職人
最良の海である宇和島で、自分が納得する真珠をつくるために独立されたそうです。

それまで… もどかしい思いを抱いてました
入札会に合わせて貝を海から出さなければならず、
もう少し真珠を海の中に置いておけば、さらにテリのよいものができるのに…
と、納得のいくタイミングではなかったそうです。

私たちヤマトヤには… こういう思いがありました。
「自社で可能な限り仕入努力をして、
お客さまに長いお付き合いをしてもらえるようなものを提供したい

生産者と小売店という立場ですが、
「入札会に出す前の真珠の直接仕入」を通じて、考えが一致しました。

手探りではじめて、いろいろ打ち合わせを積み重ねました。
真珠を仕入れてから製品化するまでのルートも確立できました。



養殖の高い技術を持つ生産者の思いがこもった、真珠製品ができました。私が一から携わった自社オリジナル製品、ぜひ一度ご覧いただけたら幸いです。